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06 奇岩に秘められた大気の謎  

 鉄鉱石の起源(2003年4月号)と酸素の由来(2003年5月号)について紹介してきました。今回は、それらと密接な関係がある二酸化炭素の話をしましょう。中国の雄大な景観に、その謎をとく鍵がありました。


 悠久の中国というと、どのような景色を想像するでしょうか。それは、山水画の世界のようなものでしょうか。それは、奇岩の岩山が立ち並ぶ間を大河が流れ、朝霧の川面には、漁をする小舟が浮かんでいるでしょうか。そんな景色は、山水画の世界だけでなく、石林や桂林に行けば、現実のものとしてみることができます。中国でなくても、似たような景色は、規模は違いますが、地球のいたるところでみることができます。

 石林や桂林の奇岩をつくっている岩石は石灰岩です。石灰岩は、それほど珍しい岩石ではありません。石灰岩は、日本の都道府県には、どこにでもあるといわれるくらい、ありふれた岩石です。また、石材としてもよく利用されています。石灰岩がたくさんある地域は、石灰岩がつくりだす固有の景観をつくります。石灰岩台地や鍾乳洞などがそうです。その不思議な地形は、観光名所になります。

 石林や桂林の景観は、どのようにしてできてきたのでしょうか。もちろん、長い年月をかけてできたはずです。

 現在の奇岩の景観そのものも、人類にとっては気の遠くなる時間ですが、地球の時間からすると、石灰岩の地域が奇岩となるまでの時間、あるいは奇岩としていられる時間は、それほど長い時間ではありません。それよりもっと長い時間が、その背景には流れているのです。

 その時間とは、現在の奇岩が、今のような姿になった時間ではなく、奇岩の元となる岩石ができて、今の位置に来るまでの時間のことを意味します。つまり、石灰岩が海ででき、そしてプレートテクトニクスという地球の営みによって陸地に持ち上げられ、そしていろいろな変動を潜り抜けて、何億年という年月の後に、今の地に、石灰岩はたどり着いたのです。その後に、雨や河川によって削られたのが、いまの石林であり、桂林であるのです。

 つぎに、石灰岩のでき方をみていきましょう。石灰岩は、いろいろな時代のものがあります。古生代以降の石灰岩には、化石が見つかることがあります。古生代以降の石灰岩は、生物の遺骸、それも、さんご礁など礁をつくる生き物の遺骸、あるいはそれらの破片が集まったものからできたと考えられています。もともと化石がいっぱいあった岩石でも、長い年月といろいろな変動を経ることで、化石の痕跡が消えてしまっていることもよくあります。

 石灰岩は、ほとんどが方解石という鉱物からできています。方解石は、炭酸カルシウム(化学式はCaCO3)という成分からできています。生物は、硬い炭酸カルシウムを殻や骨(サンゴの場合は外骨格)として利用しました。その材料は、海水中に溶けている炭酸イオンとカルシウムイオンを利用したのです。

 海の中のカルシウムは、陸地の岩石を溶かした川の水から途切れることなく供給されます。炭酸イオンは、大気中の二酸化炭素が海水に溶けこむことから供給されます。

 大気から海水へ二酸化炭素が取り込まれ、そして生物の殻や骨になることを考えると、気体の二酸化炭素が固体になると、非常に容積は小さくなります。理科の実験で、石灰岩に塩酸をかけると、大量の二酸化炭素を発生するという実験を思い出してください。この実験では、二酸化炭素を固体から気体にしたとき、どれほど大きくなるかを知ることができます。

 陸地にたくさんの石灰岩があるということは、生物の体の一部として固定された二酸化炭素が、石灰岩として陸地にたくさん貯蔵されていることになります。それも非常にコンパクトにです。陸地の石灰岩をすべて気体に戻すと50〜100気圧分にもなると見積もられています。つまり、もともと大量にあった大気中の二酸化炭素は、生物によって、固体にされ、陸地に保存されたのです。そのため、大気中の二酸化炭素は、今のように少ない量となったのです。もし、そのような作用がなければ、地球は、温室効果が働き、暑い星となっていたはずです。

 昔の大気には、酸素がなく二酸化炭素が主な成分でした。そんな原始の大気に酸素を加えたのは、前回の話に登場したストロマトライトをつくったような光合成生物です。さらに、原始の大気中にあった大量の二酸化炭素を取り去り、今の大気を二酸化炭素の少ない状態に維持しているのは、これまた生物の活動となります。

 まさに、生物と地球の共生というべき関係によって、それも長い時間の共生関係によって、今の地球環境がつくられ、そして現在も維持されているのです。もちろん、そのとき起こった環境変化によって、今では知りようもないような大絶滅が起こっていたはずです。私たちの祖先は、そんな環境変化を生き抜いてきた勝者なのです。

2003年6月1日
小出良幸

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 画像-1 石林の衛星画像(2002年2月9日観測のASTER/VNIR)
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 ASTERのフォールスカラー画像です。この画像は、赤をASTERバンド3に、緑をバンド2に、青をバンド1に割りあてて作成したものです。東側に大きい湖とその北に小さな湖が見えます。これらの東側に石林の石灰岩地帯があります。赤っぽく見える部分とそれに囲まれて点在する水色に見える部分があり、明るい赤は耕作地で、水色は市街地です。市街地以外に水色が多く見える場所は、岩石が露出しているところで、大地を構成している石灰岩を反映していると考えられます

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画像-2 カルスト地形の鳥瞰画像(2002年2月9日観測のASTER/VNIRおよびDEMデータを用いて作成)
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 画像-1の南東部のカルスト地形の鳥瞰画像です。石灰岩の表面が植物などで覆われても、この特徴的な地形から石灰岩の分布を知ることができます。

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 画像-3 桂林の衛星画像(2001年11月18日観測のASTER/VNIR)
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 ASTERの幅60km、長さ180kmにわたるフォールスカラー画像です。この画像は、赤をASTERバンド3に、緑をバンド2に、青をバンド1に割りあてて作成したものです。画像の中央を南北に蛇行して流れているのが、漓江です。中央部の水色の多いところが桂林で、いちばん南の水色のところが、陽朔です。植物が多く赤く見えますが、植生ないところ、特に川沿いに見える水色は、石灰岩の特徴を反映しているものと考えられます。

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図-1 画像位置図

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写真-1 中国南部の雲南省にある石林

 石灰岩の針のような奇岩が乱立している。石灰岩が雨や川の作用で溶けたり削られて、この不思議な景観がつくりだされました。面積350平方kmになる大カルスト地形の中に、44平方kmの石林名勝区(1982年中国国務院によって第一回目国家級重点風景名勝区に認可)があります。そのうち43.9平方kmが観光区となっており大小石林、古石林、大畳水、長湖、月湖、芝雲洞、奇風洞の7つの風景区があります。

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写真-2 石林の奇岩

 石林の石灰岩は、2億7000万年前に海底できたものです。その後、400万年前から始まったインド大陸とユーラシア大陸が衝突する運動(ヒマラヤ造山運動)によって、大陸に持ち上げられ、今から約200万年に現在の地にきました。その後、雨や川の作用で、20万年〜1万年の間に、このような不思議な石灰岩の尖塔群ができたのです。

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写真-3 九郷溶洞

 桂林の北、昆明の東に、石灰岩の大地があります。ここ九郷風景名勝区では、石灰岩は、地下で浸食を受け、複雑に溶けています。溶洞、つまり、鍾乳洞ができています。大規模な鍾乳洞で、エレベータでおり、鍾乳洞をめぐり、中には大きな売店もあります。日本とはちがって、鍾乳洞内は色とりどりの照明で、けばけばしく照らされています。

 

写真-4 中国広壮族自治区桂林

 桂林から陽朔までの83kmの漓江下りが、多くの人が想像する悠久の中国のイメージをつくりだしているのではないでしょうか。確かにそこには、多くの人がイメージする悠久の中国、自然と人間が共存している中国、一昔前にあった日本にもあったノスタルジックな風景があります。でも、桂林景観は、悠久の時間がつくりあげたものなのです。

 

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写真-5 桂林

 昔から「山水は天下第一」といわれた桂林の景観も石灰岩がつくっています。古生代(4億〜3億5000万年前)の海にたまった石灰岩が、ジュラ紀(約1億8000万年前)の変動によって、持ち上げられ陸地となりました。そして、浸食を受けて、現在の姿となったのです。

 

 

画像-1〜3についてはJSSに、写真-1〜5および文章に関しては札幌学院大学小出良幸に著作権(所有権)が帰属いたします。転用等の際はJSSの許可が必要です。

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