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08 天空の島:人智を超えるもの

 川は、海から蒸発した水蒸気が、雨として大地に降り、雨が集まり、流れ下っていくものです。川はやがて海にいたります。日本の川のはじまり、つまり源流は、山岳地帯です。川が刻む大地の模様、すなわち地形は、水と大地が織りなすものです。もし平らな大地に雨が降ったらどんな模様ができるでしょうか。そんな疑問に答えてくれるような素晴らしい、そして圧倒的な模様が、大陸にありました。


 コロラド川の上流にあるコロラド高原は、海抜2,000mから3,000mの高さで、さしわたし500kmを越える広い台地です。コロラド高原には、グランドキャニオンという有名な景勝地があります。しかし、さらに上流にも、すばらしい景勝地があります。キャニオンランズ国立公園というところであります。ここキャニオンランズ国立公園の一角に、大陸の川のはじまりを見ることができました。

 コロラド川は、カリフォルニア湾に注ぐ川で、下流からメキシコ合衆国、カリフォルニアとアリゾナの州境界を流れ、ネバダとアリゾナの州境界、アリゾナ州、ユタ州、そしてコロラド州のロッキー山脈にその源をたどります。北アメリカでは6番目の長さと流域面積を持つ、大きな河川です。

 グランドキャニオン国立公園はアリゾナ州のコロラド川流域にあります。キャニオンランズ国立公園は、アリゾナ州の北隣のユタ州の南東に位置します。グランドキャニオンでは、川が大地を削り込んでつくった景観が見ることができます。しかし、グランドキャニオンは、川がすでに深く切り込んで深い谷となったものです。

 では、平らな大地を川が削りはじめるときは、どんな模様ができるのでしょうか。もちろん、最初は小さな川の跡ができるでしょう。この作業が長年にわたって繰り返されると、どうなるでしょうか。

 日本のような山岳の河川の源流では、太かった川の流れも細くなり、やがてちょろちょろ流れていた川も、尾根や山腹で消え去ります。川は、周辺に生えている植物や岩場の隅からしたたり落ちたひと滴からはじまります。つまり、川のはじまりは、ほそぼそとした小さなものです。

 私たち日本人には、川とは上流にいくとほそぼそとした流れになるという常識がありました。ところが、大陸の平らな大地では違っていました。それも、想像もつかないような不思議な模様からはじまっていました。

 唐突というべき模様です。唐突に川ははじまります。まるで巨大な熊手でざっくりと大地を掘り起こしたように、あるいは針葉樹のような形をして、川がはじまります。地上から見ているのに、まるで自分が天空にいるような錯覚に落ちいってします。数百メートルあるような巨大な地形が、まるで箱庭のように見えてします。まるで、自分が天空の視点を得たような気持ちにさせる、そんな錯覚を起こすところです。ここは、「天空の島(Island in the Sky)」という名称をもつ地です。まさにここは天空といいたくなるような、そんな不思議なそして神々しさに感動を覚えます。

 ある時は、3つの支脈をもった、まるで巨大な恐竜がつめで削ったような川の模様です。川の浸食がさらに進むと本流が太くなり、爪あとが小さな木の枝状に残っていきます。巨大な天空の物の怪が、戯れに大地を掘り込んだように、平坦な大地に川が生まれます。

 もちろん、そこにつながる小さな川の流れの跡があります。しかし、その小さな川の跡は、大地を刻んでいません。小さな川の跡はあっても、平らな大地と呼んでもおかしくありません。ここでは、それは川の跡というにはふさわしくありません。

 その川の跡は、あまりにも唐突にはじまります。常識を覆すはじまり方です。でも、これも川のはじまりの姿です。もしかすると川のはじまりとしては、例外的なものかもしれません。でも、数百メートルにおよぶその地形は、厳然として存在します。

 こんな不思議な地形をみると、どうしてできたのだろうという疑問は当然わきます。もちろん科学はそんな疑問に答えてくれます。科学とは、「天空の島」だけの説明にとどまらず、どこでも通用するようなものに仕立て上げられます。

 水平の地層があり、サバンナや草原のような半乾燥あるいは乾湿が繰り返される気候のところでできます。大陸内部で長い時間かけてたどり着く地形です。川は線状の侵食ではなく、面状の侵食をおこないます。水平の地層は、いく種類かの岩石からできています。その中には侵食の程度が違うものが含まれています。硬い岩石は浸食されにくい地層となります。硬い岩石の地層は浸食されずに上面が平な面となり、平原となっていきます。「天空の島」のように広いものは、構造平原と呼ばれています。構造平原のような地形は、コロラド高原だけでなく、インドのデカン高原、アフリカのレソト高原などでも見られます。

 このような水平な地域が地殻変動により上昇すると、川の位置は変わることなく、上昇した分だけ、平らな大地を深く掘り込み、川の深さは維持されます。侵食が進むとメサやビュートと呼ばれる地形になり、やがて次の硬い地層が現れると、そこが次の構造平原へと変わっていきます。古い大陸では、このようなサイクルが繰り返されていきます。

 このように「天空の島」の地形のでき方は、地質学あるいは地形学で説明されています。でき方がわかっても、なお不思議なものもあるようです。そして感動はいつまでたっても消えていきません。そんな人間の小ざかしさを吹き飛ばす奇妙さ、そして不思議な感動が、ここにはあります。まさに、先人が呼んだ「天空の島(Island in the Sky)」にふさわしい地に、川のはじまりを見ました。

2003年8月1日
小出良幸

 

 

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 画像-1 キャニオンランズ国立公園周辺の衛星画像(2002年4月18日観測のASTER/VNIR)
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 この画像は、2002年4月18日にASTERセンサで観測された擬似ナチュラルカラー画像です。 擬似ナチュラルカラー画像は、光の三原色の赤をASTERのバンド2に、緑をバンド1と3 に、青をバンド1に割りあてて作成したものです。ただし、緑色は、バンド1と3の比率を、 バンド1の3倍したものとバンド3を加え全体を4分の1にし、他の色と同じにしています。 このような合成をすることによって、擬似的ですが、実際の景色に近い色を出すことがで きます。大地をくねくねとくねりながらながれるコロラド川とそこへ注ぎ込む細かい支流がいくつも見えます。中央から北あるいは北北西に別れていくいちばん大きな支流がグリ ーン川です。

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画像-2 鳥瞰画像(2002年4月18日観測のASTER/VNIRおよびDEMデータを用いて作成)
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 2002年4月18日観測されたASTER/VNIRおよびDEMデータを用いて作成した、擬似ナチュラ ルカラーによる鳥瞰画像です。鳥瞰画像は高さ方向を2.0倍に強調しています。かつての 構造平原である台地は赤色に、台地の縁は白色に、川底から斜面は褐色に見えています。 このような大地の色のコントラストが、地形をより際立たせています。宇宙からもみても、この地には、大陸での川のはじまりを示す同じような地形がたくさん見つかります。

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図-1 画像位置図

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写真-1 Island in the Sky

 川のはじまりの景観です。コロラド川の支流、グリーン川沿いに広がる「天空の島(Island in the Sky)」と呼ばれる地です。3つに分かれた流れが太く、深くえぐられています。まるで、天空の巨人が、戯れに平らな大地を削り込んだように、唐突で不思議な景観を呈しています。数百メートルにおよぶ非常に広大な地形であります。このような不思議な川の地形がここでは見ることができます。

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写真-2 アメリカ合衆国ユタ州キャニオンランズ国立公園

 一本の川が太く浸食されたものです。このような地形は、川の流れだけでなく、その地の地質と気候、そして長い時間によってつくられます。硬い地層でできた平原が、隆起すると川は流れ続けるために、以前と同じ高さを保とうとします。そのために、川は、隆起した分だけ盛り上がった大地を削り込んでいきます。平原の川のはじまりは、大地の上昇からはじまります。

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写真-3 構造平原

 樹枝状にみえる川のはじまりです。川のはじまりは、どこか似ているのに、すべて違う。そんなかたちの不思議さも味わえます。侵食が進むと、グランドキャニオンのように深く、太い川の地形となります。もともとの標高に近いところにある別の硬い地層が次の平原の面となります。川の浸食が進むと、メサやビュートと呼ばれる地形を経て、やがて平原となります。このような平原を構造平原といいます。

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写真-4 繰り返される作用

 上の地形を遠景で見たものです。左手前には、もう一つ別の構造平原の面が見えます。構造平原は、その地で一度の隆起が起こったとき、長い時間がたつことによって達する地形です。でも、大地はじっとしていることはないのです。ある時、この地が上昇すると、この構造平原を掘り込む地形ができます。このような繰り返しが長い時間をかけて大陸ではおこなわれていきます。

 

画像-1〜2についてはJSSに、写真-1〜4および文章に関しては札幌学院大学小出良幸に著作権(所有権)が帰属いたします。転用等の際はJSSの許可が必要です。


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