グリーンランドは、私が地質学を志して以来、ぜひ行ってみたい地でありました。そんなグリーンランドに、短い時間ですが訪れることができました。憧れの地にいたほんのつかの間の時。そんなつかの間に、岩と氷の織りなす大地を味わいました。
それは、島というにはあまりに大きなものでした。白い大陸というべき大きなものでした。その白い大陸は、緑の大地、グリーンランドと呼ばれています。 まるで、人跡未踏のようにみえる雪と氷の大地にも、人の足跡はありました。グリーンランドには、昔からそして今も、イヌイット(グリーンランドではグリーンランディックと呼ばれています)が住み、生活しています。でも、彼らの多くは、海岸沿いの地で、漁労や狩猟の生活をしていました。いまでは、国の政策によって、都市部に定住するようになってきました。 グリーンランドは、デンマーク領です。ですからデンマークからの白人が、都市部には定住しています。グリーンランドの冬は長く厳しいので、仕事も余り多くありません。ですから、定住する白人はそれほど多くなく、夏にだけこの地で暮らす人が多くなります。地質学者も夏の間だけですが、デンマークからはもとより、世界各地からこの地を訪れ、調査をして過ごす人がいます。 地質学を専門とする人は、グリーンランドと聞くと、地球でも、最も古い岩石や堆積岩など、最古の記録がグリーンランドにはいろいろあることを知っています。中でも約38億年前にできた岩石がグリーンランドのイスアと呼ばれる地域に分布していることも、地質学者ならよく知っています。でも、実際にその地を訪れる地質学者はそう多くはありません。 地球最古の岩石は、10年ほど前までは、このイスアの地のものでした。今では、最古の岩石の席はカナダに、最古の鉱物はオーストラリアに譲っています。でも、最古の堆積岩は、いまでもイスアのものです。そのほかにも、最古の付加体や最古の海洋地殻などが、グリーンランドから見つかっています。 地質学者は、最古のものを懸命に探します。地球で最古のものには、それなりの意味があるからです。 地球のできたての頃は、熱いどろどろに溶けたマグマが地表を覆っていました。最古の岩石とは、そのマグマが冷えて固まった時期、あるいはその時期の下限を示しています。現在では、もっとも古い鉱物として、42億7600万年前のものがオーストラリアから見つかっていますが、古い大地の歴史を調べるためには、グリーンランドの岩石も、いまだに重要な意味があります。 熱かった地球が冷えてくると、それまでは水蒸気として大気中にあったH2Oが、液体の水になります。H2Oは気体より液体の方が密度が大きいので、地球の重力によって落ちてきます。つまり雨となり、降ってきます。大地に降った雨は、低いところに流れて、移動します。流れは集まり、やがて川になり、地表のいちばん低いところに集まっていきます。それが海です。 堆積岩とは、土砂が川から運ばれて、海にたまり固まった岩石です。川の流れとともに運ばれた土砂が海にたまります。それが堆積岩となります。最古の堆積岩は、地球に液体の水が存在できる温度になった時期を示す証拠でもあり、海ができた証拠でもあります。 38億年前のグリーンランドの堆積岩は、今でも最古の海の証拠です。 熱かった初期の地球は、冷めてきました。でも、0℃以下にはなりませんでした。それは、堆積岩は、地球上のいろいろなところで、いろいろな時代にあることからわかります。つまり、38億年前以来、堆積岩がずっとあることから、地表には、海、液体の水がずっとあった証拠となるのです。38億年前から現在まで、地球は0℃から100℃という温度の間に常に保たれていたことがわかります。そんな海のはじまりを、グリーンランドの最古の堆積岩は物語っているのです。 イスアは、グリーンランドの南西部のN65.12°、W49.48°に、氷床と露岩の境界にあります。ここは、人など住んでいない地です。夏でも氷河を渡る風は冷たく、防寒着をつけなければ、長く外にいることはできません。 私は、2000年の夏に地質学で有名なイスアを訪れました。グリーンランドに行くために用意したのは10日間でした。グリーンランド最大の都市ヌーク(ゴットハープ)には、5泊6日で滞在しました。イスアに行くためには、ヘリコプターをチャーターしなければなりません。ヘリコプター一日分を予約しました。でも、天候によって飛べないと困るので、予備日としてあと3日用意しました。 予約をいれた当日は、幸いにも予定通り飛ぶことができました。ヌークからイスアまで、往復で3時間で、イスアには5時間ほど滞在するつもりでした。でも、イスアに向かう途中、霧が出てきて、霧が晴れるまで、谷合いの原野で1時間ほど天候待ちをしました。 そして念願の地、イスアにつきました。驚いたことに、そこにはテント村があったのです。こんな人里はなれた荒涼たる地に、夏の間だけですが、何張りかのテントができていました。そのテント村は、地質学者たちが夏の間だけイスアを調査するためにできたものです。地質学者たちが世界中から集まっているのです。そのキャンプ村のリーダとして、デンマークの地質調査所の地質学者のアペルがいました。彼の名前は知っていたのですが、グリーンランドに来ているとは思ってもいませんでした。ですから連絡をとっていませんでした。彼は、数日このテント村に滞在すれば岩石がよく見られたのにといってくれました。時すでに遅しです。 しかし、彼がヘリコプターに同乗して案内してくれました。そのおかげで、非常に効率的に目的の岩石を見ることができました。代表的な岩石を見、標本も採集しました。 さて、このグリーンランドで私がしたかったことは、地質調査もさることながら、現場をみて、感じることでした。グリーンランドという地で、風や気温、匂いなどが伴った風景の中に自分をおき、そして目的の岩石や地層を肉眼で見、触りたかったのです。そして、感じたことを記憶に残したかったのです。 イスアに滞在したのは、結局3時間余りでした。調査というには、余りにも短い時間でした。もちろん、何日も滞在して調査すれば、もっといろいろ調べることができたと思います。私が見残した大切な岩石や地層も一杯あったと思います。 でも、私は、満足しています。なぜなら、イスアという地で、岩石や地層をグリーンランドの景色の中で、肌で感じることができたからです。その3時間余りは、私にとって、どの調査旅行より印象に残っています。そしてグリーンランドのイスアの地には多分二度と訪れることがないでしょうが、その記憶は一生残って、忘れないでしょう。 2003年9月1日
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写真-1 氷床と岩石の狭間 イスアは、氷床と露岩の狭間にあります。夏場には、氷床の末端には池ができ、それがキャンプ地の水場となります。植物がほとんど見えない、荒涼たる地でした。でも、こんな地に地質学者は、喜んで調査に来るのです。 |
写真-2 最古の堆積岩 地球最古の地層は、礫岩や砂岩からできている堆積岩でした。地球で最初の海が存在した証拠でもあります。また、変成作用を受けてざくろ石がたくさんできているところもありました。以前、この礫岩は海岸の渚のようなところで形成されたと考えられていましたが、現在では、海溝を埋めた土石流のようなものではないかと考えられています。 |
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写真-3 縞状鉄鉱層 地層のいちばん上位に縞状鉄鉱層があります。この世界最古の縞状鉄鉱層の起源については無機的に形成されたのではないかと考えられていますが、よくわかっていません。20億年前のものは、地球の酸素形成によってできたものですが、38億年前の縞状鉄鉱層はどうしてできたのでしょうか。酸素をつくる生物はいなかったはずです。生物がいたかどうかもわかっていません。この縞状鉄鉱層はいったいどうしてできたのでしょうか。まだ、謎のままです。 |
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写真-4 枕状溶岩 白く縁取られた、楕円の形がたくさん岩の表面にみえます。これは地球最古の枕状溶岩です。玄武岩の溶岩が水中で噴出すると枕を積み重ねたようになります。その岩石が氷河で削られて、断面がみえています。現在の海洋底は、このような枕状溶岩でできています。この枕状溶岩は、海があった証拠で、最古の海洋底の岩石でもあります。 |
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写真-5 かんらん岩 かんらん岩はマントルを構成している岩石です。海洋地殻の一番下にはマントルがあります。海洋地殻とマントルが一緒になって陸地に、のし上がることが時々あります。そのような過去の海洋プレートを構成していた岩石類をオフィオライトと呼んでいます。グリーンランドには、地球最古のオフィオライトがあります。 |
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写真-6 クジラ グリーンランドの周辺の海では、クジラがたくさん見ることができます。ホェールウォッチのツアーがあり、何頭ものクジラをみることができました。その大きさ、雄雄しさには、感銘を受けました。 |
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